「身体のどこかに限局した慢性感染病巣(原病巣)があって、それ自体は無症状か軽微な症状を呈するに過ぎないが、しかしこれが原因になって原病巣とは直接関係のない遠隔の諸臓器に反応性の器質的あるいは機能性の障害を起こす病像、いわゆる二次疾患をさす」と病巣感染は定義されています。簡単に言うと、どこかに感染巣があって、それがもとで感染巣とは関係がないところに病気が生じるということです。慢性扁桃炎とIgA腎症はこの関係にあるといえるでしょう。
このような概念は古くはヒポクラテス(紀元前460年-)の時代からありましたがこの概念が注目されたのは20世紀初頭です。多くの慢性疾患の根底に扁桃炎、齲歯などの病巣感染(focal infection)が関係していることが20世紀初頭に提唱され、一時期、欧米では大きな注目を集め、活発な議論が交わされました。心疾患、腎疾患、胆嚢炎、消化性潰瘍などの内臓疾患から関節炎、皮膚炎、神経疾患に至る広範な疾患に病巣感染症の概念があてはまると考えられていました。
免疫学が未熟であった当時は抗原に感作されたリンパ球が遠隔臓器で細胞障害を惹起するという概念はなく、病巣感染の原因となった細菌あるいは細菌の毒素が遠隔臓器で直接病原性を発揮すると考えられていました。ところが、病巣感染症はあまりに壮大な概念であり、この仮説を証明する目的で膨大な実験が行われましたが、万人が納得する域には結局のところ達することはなく、この概念に異を唱える研究者も多く、結局は1940年代の抗生剤治療の普及とともに医学の表舞台から姿を消し、病巣感染症という概念は医学教育の現場からも半世紀余にわたり忘れ去られ今日に至っています。
しかし、最近になり「IgA腎症と慢性扁桃炎」、「動脈硬化、糖尿病と歯周病」などが提唱され、にわかに病巣感染の概念が脚光をあびてきています。
病巣感染の好発部位は扁桃、副鼻腔、鼻咽腔、および歯科領域です。これらの場所は私たち人間にとり空気と食物の入り口に位置し、病原菌などの抗原に最も暴露され易い部位です。その中では扁桃に関連した研究の蓄積が最も豊富で、多くの二次疾患と扁桃が関係していることが報告されています(図1)。
副鼻腔炎と歯周病などの歯科領域の感染巣はそれぞれ耳鼻咽喉科医、歯科医に受診すれば診断が得られ適切な治療をしてもらえます。しかし、扁桃の場合は肉眼的には判断がつかないことが多く、また扁桃誘発試験も確実な検査ではなく、少なくともIgA腎症の場合は全くあてになりません。ところが、IgA腎症の扁桃は摘出するとほとんどの場合はIgA腎症に特有の変化を持っています。
もう一つ重要ですが診断され難いのが鼻咽腔炎(上咽頭炎)です。鼻咽腔とは鼻腔と咽頭がつながる部分で軟口蓋の裏側のやや広い空間のことをさします(図2)。そもそも鼻咽腔炎という概念は1980年代までは注目されていましたが、最近では注目度も低く、自覚症状もなく肉眼的にもはっきりした所見がないため、耳鼻咽喉科医にコンサルトしても異常なしという回答をもらうことが実際には多いと思います。
鼻咽腔炎は内視鏡による観察ではわかりづらいため、0.2%−1%の濃度の塩化亜鉛をしみこませた綿棒を鼻咽腔に塗布する擦過診により診断します。鼻から綿棒を入れる場合は、外来で通常用いる鼻綿棒を使い、さらに咽頭捲綿子を用いて経口腔的に鼻咽腔に塩化亜鉛を塗布します。炎症があると強く沁みてしばしば血液が付着します。鼻咽腔炎は約40年前に提唱された概念で、喘息、糖尿病、関節炎などの様々な全身疾患と関連する病態として一時期は関心を集めました。しかし、炎症があると治療に際して強い痛みが伴うため患者が来院しなくなるなどの理由で、患者のみならず医師からも敬遠され、普及することなく一部の耳鼻科医の間で語り継がれて、効果をあげているのが現状です。
鼻咽腔炎の治療は0.2%−1%の濃度の塩化亜鉛をしみこませた綿棒を鼻咽腔に塗布するのが最もオーソドックスな方法です。しかし、この治療を実施している耳鼻咽喉科医は全国でも少数です。私の経験では風邪の初期と頭痛には著効する頻度が高いです。生理食塩水による鼻洗浄もある程度は有効です。また、仰向けに寝た状態で馬油、梅エキスなどを両方の鼻腔から滴化することが有効である場合もありますが不純物の入ったものを用いてはいけません。
口蓋扁桃を摘出した場合も舌扁桃が残るため、口呼吸の習慣を是正しないと舌扁桃などに新たな慢性感染がひきおこされます。また、口呼吸の習慣があると口腔内が乾燥するため齲歯や歯周病に罹患しやすくなり、加えて高齢者の就寝中の口呼吸は嚥下性肺炎の誘因になります。
口呼吸の是正には夜間就寝時に絆創膏(肌に優しい素材のものを選ぶ)を口に貼る。風邪の引き始めやイビキにも効果があります。またガーゼマスクを濡らして口にだけして寝るのも口呼吸の弊害を減じるうえで効果的である。
口の周りの筋肉が衰えると口呼吸になりやすくなるので表情筋を積極的に使う訓練は役に立ちます。本格的には市販されている口輪筋トレーナーを使用するのも良いとおもいますが、口を大きく横に開く「イー」の発声と口をつぼめ手突き出す「ウー」の発声(実際には声を出さなくてよい)を車の運転中や家事の最中などにするのが手軽に出来てよいと思います。また、日々の生活の中で「笑う」ことに心がけることが重要です。そして何よりも重要なことは食事の際に口を閉じてよく噛む習慣をつけることです。食べる時にペチャペチャ音がでるのは口呼吸の習慣がある証拠です。