(1)血尿の家族歴がなく、(2)ある時点までは尿潜血が陰性であることが確実であり、(3)尿中の赤血球が変形を伴う糸球体性血尿、もしくは尿沈渣で赤血球円柱が認められる場合は、特に血清IgA値の高値を伴う場合、IgA腎症の可能性が高いと考えられます。
この段階であれば扁摘パルスにより高い確率で寛解・治癒が得られます。それ故、「早期に確実な腎症の寛解・根治」を患者さんが望む場合は積極的に腎生検の適応となります。
一方、すぐに腎生検を行なわず、蛋白尿が陽性になるまで経過を見ていて、蛋白尿が陽性になった時点で腎生検という方針でも寛解・治癒を目指すうえで手遅れになる可能性は低いので、経過観察も選択肢としては必ずしも間違いではありません。またこの段階であれば10−20%くらいの確率で自然寛解することもあります。
いずれにせよ、たとえIgA腎症だとしてもこの段階で尿異常が発見されたことは幸運です。自らの人生プランと照らし合わせて、最善の時期に腎生検を行なうと良いでしょう。そして、今、腎生検をすればIgA腎症であれば早期の段階であることが予想されます。したがって、腎生検の結果、「早期の段階なので経過をみましょう」という医師のもとでは腎生検をする意義はあるとはいえません。「早期の段階のうちに積極的に寛解・治癒を目指す」という考えを持った医師のもとでのみ、この段階で腎生検をする価値があるといえます。
IgA腎症患者が必ずしも習慣性扁桃炎の既往があるわけではなく、むしろ扁桃炎をあまり意識していない患者さんのほうが実際には多いと思います。しかし、摘出した扁桃の顕微鏡レベルでは高頻度にIgA腎症に特有の変化が認められます。したがって、扁桃が関与していないIgA腎症が一部に存在する可能性は否定できませんが、IgA腎症患者の殆どすべてにおいて扁桃が関与していると想定するのが現段階では妥当だと思われます。また、扁桃の大きさなどの肉眼的所見や扁桃誘発試験の結果と、臨床的な扁摘効果とは関連がないことはすでに明らかになっています。
口蓋扁桃の表面積は、ほかの部位の咽頭粘膜全体の約6倍といわれており、口蓋扁桃が最も重要な病巣感染部位であると思われます。しかし、早期の段階のIgA腎症でも、扁摘パルスにより尿異常が軽減しても完全な寛解にまでは至らない例が10-20%、また、扁摘パルスをして寛解した後に感冒などを契機に再発する症例も5%くらい存在します。したがって、80-90%のIgA腎症患者では口蓋扁桃摘出だけで病巣感染の治療として十分ですが、残りの10-20%の症例では口蓋扁桃に加え+α(鼻咽腔炎、根尖性歯周炎など)の要素があると想定されます。
一般的には4歳以降は扁摘をしても免疫的な不利益が生じないとされています。一方、扁摘適応の上限年令を一様に設定することは実際には困難です。今日、わが国では70歳程度でも、20年くらいの余命が期待できる時代になりました。患者さんが寛解・根治を望めば全身状態を十分考慮したうえで扁摘の適応はあると言えるでしょう。
また、「扁桃を摘出すると風邪をひきやすくなるのではないか?」という質問を受けることがありますが、実際にはそのようなことはありません。扁摘後、むしろ風邪をひくことが少なくなったと感じる患者さんのほうが多いようです。これは、元々、扁桃に慢性感染があり、体力が低下した時や、ストレス、冷えなどで、しばしば、扁桃における免疫と感染のバランスが崩れて炎症が強くなり“風邪”と感じていた現象が、扁摘により生じなくなるためと思われます。
扁摘とパルスはどちらを先行しても効果に差異はありません。パルスにより扁桃リンパ球に生じたアポトーシスの現象は6ヶ月後には完全にもとに戻るため、パルスを先行させる場合、私たちは原則としてパルス終了後、半年以内に扁摘を実施するようにしています。学生さんの場合は長期休暇を利用してたとえば夏休みにパルス、冬休みに扁摘(その逆も可)というようなスケジュールだと学業に支障をきたすことが少なくてすみます。
扁摘前にパルスを行う場合は原則として経口ステロイド投与のスケジュールを変更せずに扁摘を行います。術当日がステロイド内服日の場合は早朝、少量の水でステロイド内服とするか、水溶性ステロイドを静注します。なお、パルス先行の場合は通常、抗血小板薬を併用するため、手術1週間前よりこれら薬剤を中止します。
扁摘からパルス開始までの間隔は最低1週間あけます。パルス時には原則としてヘパリンを併用しますが、扁摘後2週間は再出血を起こす可能性があるためヘパリンは使用しません。一方、パルスを先行させた場合、私たちはパルス終了後から扁摘までの期間は2週間以上あけることを原則としています(図35)。プレドニン(PSL)30mg隔日投与中に扁摘しても、創傷治癒の障害や術部の感染が生じ易くなることは通常ありません。
全国的には計3回パルスを行う施設が多いですが原則1回あるいは2回の施設もあります。また、パルスを3回行う施設も3週連続で3回(仙台方式)から2ヶ月に一回ずつ3回(イタリアのPozziらの方式)までさまざまです。パルスの方法の違いによる効果を比較した臨床研究はなくIgA腎症における最善のパルスに関してのコンセンサスはまだありません。
私たちも施行錯誤の結果、現在の3週連続にたどり着きました。理由は主に以下の二つです。(1)活動性の高いIgA腎症には3週連続のほうが、効果は確実であり、1-2ヶ月の間隔をあけることによりパルス効果の減弱と炎症病変の沈静化に時間を要することによる非可逆的病変の進行が危惧される。(2)早期IgA腎症の場合、3週連続パルス中に寛解になる症例も少なくない。そのような症例はパルス後の経口ステロイドは不要である。すなわち、本来は慢性病のIgA腎症から3週間で解放される。
しかし、3週連続は入院が一回ですむというメリットがある半面、入院期間が長いというデメリットがあります。この3週間の比較的長期の入院は患者さんのみならず病院の診療報酬にもデメリットになります。また、副作用は初回パルスがもっとも顕著なので、初回パルスで問題がなければ2回目、3回目のパルスは外来でも可能です。
パルス終了後はプレドニン(PSL)30mg隔日とし、2ヵ月毎に5mgずつ減量し1年間で終了することを原則とします。この方法は旧来、わが国で広く採用されていた2年間のステロイド投与に比べムーンフェイスなどの副作用が出にくいため患者さんの精神面での負担も少ないと思います。また、途中で寛解になった場合はその後の急速なPSL減量中止も可能です。
特に女性の場合、ステロイドのムーンフェイスは気になるところです。3週連続パルスの場合、パルス中の3週間を1400キロカロリー程度のカロリー制限をすることでムーンフェイスは防ぐことが出来ます。PSLは隔日にすると連日にくらべムーンフェイスにはなりにくいですが、パルス後もPSL20mg隔日くらいにまで減量するまでは食欲が増すので良く噛み(一口30回目標)、腹7-8分目に押さえることが重要です。
以前は「腎症が進行して妊娠中毒症のリスクが高くなる前に、先ずは妊娠出産して、ステロイドなどの治療は後回し」という考えが主流でした。しかし、この発想はIgA腎症の治療目標として寛解・治癒が存在しなかった時代に即したものと言えます。寛解・治癒が期待できる症例であれば治療期間は最長1年なので扁摘パルスを先ず行い、ステロイド終了後に妊娠するのが望ましいでしょう。
仙台社会保険病院腎センターにおける患者さんの検討では寛解が得られてから妊娠した症例は、尿異常がある状態で妊娠した症例に比べ妊娠中毒症に陥る頻度が有意に低いという結果が得られています。
尿異常が出現して10年以上経過していても扁摘パルスで寛解になるIgA腎症は、治療介入前の腎生検では長期間経過しているにも関わらず比較的軽症な症例が多いことは事実です。しかし、腎生検で軽症のIgA腎症と診断された症例がその10年後も軽症IgA腎症のままでとどまっている可能性が低いこともこれまた事実です。
軽症IgA腎症の場合は扁摘単独治療でも約40%で寛解が期待できます。したがって、先ずは扁摘のみでしばらく経過を見るという選択肢は成り立ちますが、パルスを追加すれば80%以上の確率で寛解が得られます。重要なことは最小の不利益(副作用など)で最大の成果を得ることです。
また、軽症のIgA腎症でも自らの将来を悲観的に考え、日常生活にも精神面で支障をきたしている患者さんが実際には少なくありません。そのような場合は軽症IgA腎症といえども積極的に扁摘パルスを行い、早く疾患による将来の不安から患者を解放することが望ましいと考えます。
すなわち、「今の段階で扁摘パルスは必要ない」という判断は“腎臓を診る”という点において医学的に間違いとはいえませんが“人を診る”という視点においては患者さんの状況によっては必ずしも最善とは限りません。