慢性腎臓病(CKD)の患者さんは、腎機能が低下すればするほど服薬する薬の種類と量が増えていきます。10種類以上の薬を投与されている慢性腎不全の患者さんも稀ではありません。「こんなにたくさんの薬を飲んで本当に大丈夫なのだろうか?」と感じているCKD患者さんが全国にはたくさんいると思います。どうしてCKD患者さんが服用する薬は多いのでしょうか?
腎臓は血液を濾過して老廃物を尿中に排泄するのみでなく、造血や骨代謝にも関係しています。そのため、腎機能が低下してくると高血圧、高尿酸血症、貧血、副甲状腺機能亢進症、電解質異常、酸塩基バランスの乱れなど様々な異常が生じます。その結果、それぞれの病態を改善する対症的な投薬治療が必要となります。CKDの場合はそれらに加え、透析導入を遅らせるための治療も必要で、腎臓専門医は腎機能の保持を期待して複数の薬を処方します。中でも、血圧のコントロールが特に重要です。ところがCKDの進行を遅らせるための理想的なレベルに血圧を維持するのに必要な降圧剤の量も種類も腎機能が低下するにつれて増えてきます。私の外来でも降圧剤だけで5種類以上もの薬を処方している患者さんがいます。 しかし、残念なことに投与して腎症の進行が遅くなったことを臨床医が実感できるような画期的な薬は今のところありません。実際、「あの薬を服用するようになって、腎機能が悪くなるのが止まった」と実感している患者さんが世の中にどれだけいるでしょうか?
現在、CKDのガイドラインで推奨されている薬の多くはエビデンス(根拠)のある薬です。エビデンスには、1から5までのレベルがありますが、高いエビデンスのある薬とは何でしょうか?———それは、ランダム化比較試験(RCT)で有効性が証明された薬です。
CKDに対する2種類の降圧薬であるアンジオテンシン受容体拮抗薬(ARB)のA薬とCa拮抗薬のB薬の優劣を比較することにしましょう。いま、200人の臨床試験の対象になるCKD患者さんがいるとします。ここで、仮定の設定として50%の患者さんはA薬もB薬も同程度の効果があり、40%の患者さんにはA薬がB薬に勝り、残り10%の患者は逆にB薬がA薬に勝るとします。RCTでは200人の患者さんのうち100人にA薬が、残り100人にB薬が無作為に割り付けられ、どちらのグループで腎機能の予後が良いか調べます。すると、効果の勝る患者はA薬のほうがB薬よりも30%(40%マイナス10%)多いわけですから統計学的に有意差が生じてA薬の勝ちということになります。30%の差は大きいので、人数がさほど大きくなくても有意差が出ますが、仮にこの差が小さく、たとえば5%程度でも、対象の人数を数千人規模に大きくしてゆけば最終的には有意差が出てきます。そして、このような大規模な臨床試験はその結果に信頼性があるとみなされ、欧米の一流医学雑誌に掲載されます。その結果「ARB(A薬)はCKDの予後を改善する」というエビデンスが確立します。そして、エビデンスに基づく医療(EBM)の拠り所であるガイドラインではARBがCKDの治療薬として推奨されることとなります。
そのうえ、ARBはCa拮抗薬の約4倍の薬価なので製薬企業も販売に力を入れます。実際、学会には企業がスポンサーとなるランチョンセミナーがありますが、CKDとARBに関する企画が腎臓関連の学会のランチョンセミナーでは多く取り上げられています。また、製薬企業がスポンサーとなり医師向けの同様の講演会が全国で盛んに行われています。このようにしてCKD診療におけるARBの地位は不動のものとなり、「CKDにはARBを使うべきである」という常識が医師の間で確立されていきます。
しかし、話を最初に戻すとCKD患者の50%はARBより安いCa拮抗薬でも同等の効果が得られ、さらに10%の患者さんはCa拮抗薬の方がむしろ良いわけです(数字はあくまでも仮定の話です)。つまり、Ca拮抗薬ではなくARBを選択したことで利益を受ける患者さんは40%にとどまるにもかかわらず、一律にARBが第一選択薬として投与されるようになります。
患者さんは透析になるのを遅らせたい、そして、できたら一生、透析を避けたいと願います。そして、私たち医師は患者さんの願いを叶えたくとも、残念ながら特効薬がないので、しっかりとした手ごたえがないまま、否、手ごたえがないからこそARBを始めとする、エビデンスのある薬を次々と併用し、その効果に忸怩たるものを感じながら日々のCKD診療をおこなっています。その結果、CKD診療ではたくさんの薬が使われることとなります。 治療には疾患の原因を取り除く「根本治療」と症状を緩和する「対症治療」の2種類がありますが、現状のCKD診療は言わばエビデンスの印籠がついた「対症治療」の寄せ集めといえるでしょう。製薬企業の利益につながらない「根本治療」には関心が集まり難いという事実も憂慮すべきことかも知れません。
IgA腎症はCKDの中で数少ない「根本治療」が可能な疾患です。しかし、IgA腎症でも早期の段階であれば扁摘パルスにより寛解・治癒が得られて、疾患からの解放が得られますが、ある程度以上に進行してしまえばどんな治療をしても寛解・治癒には至らず、最終的には生涯にわたる「透析という名の対症治療」が必要となります。実際の臨床では患者さんの病態にあわせて「根本治療」と「対症治療」をバランスよく行うことが必要ですが、特に「根本治療」は、最大の効果をもたらす、最善のタイミングで行うことが重要です。
堀田 修クリニック 院長 元仙台社会保険病院腎センター長(〜2008年12月31日) |
堀田 修クリニック (宮城県仙台市)
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慢性免疫病の根本治療に挑む |
IgA腎症の病態と扁摘パルス療法 |
「Recent Advances in IgA Nephropathy」
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