「扁摘パルスをして2年経過したけれど血尿が消えない。」「扁摘パルスをして一度は寛解になったのに風邪をきっかけに尿潜血が陽性になってそのまま消えない。」
こんな時、どのような対応が必要なのでしょうか?
IgA腎症を含め、糸球体が傷害される腎疾患は腎症の進行度により、糸球体毛細血管壁の蛋白粒子の透過性を制御するバリアー機能が障害されるため、進行した症例ほど、扁摘パルスなどのさまざまな治療を行っても蛋白尿は残存するようになります。つまり、進行した症例で蛋白尿が消えないのは、高度に分化した血液ろ過装置である糸球体に生じた疾患の宿命で、今後の技術革新で優れた新薬が開発されても、進行したIgA腎症の蛋白尿を完全に陰性化させることは困難だと思います。しかし、IgA腎症の血尿は糸球体毛細血管炎が消滅すれば消える現象なので、現在の医療レベルでも治療が充分に有効であれば血尿を消すことができます。つまり、血尿が残っているということはその患者さんに行った治療が不充分で、まだ改善の余地が残されているわけです。
「血尿がいつまでたっても改善しない!」そんな患者さんを診たら私がまず調べるのは鼻咽腔(上咽頭)の炎症です。口腔から0.2-1%塩化亜鉛(私は0.5%を使用)を浸み込ませた綿棒あるいは咽頭捲綿子を用いて口蓋垂の上奥の上咽頭に塗布すると、鼻咽腔炎がある場合はすごくしみて、血液が付着します。この方法は診断のみではなく治療としても有効です。
鼻咽腔炎があることがわかった後は、上咽頭の塩化亜鉛塗布を続けると最初のうちはしみますが炎症が改善してくるとしみなくなり、血液も付着しなくなります。塩化亜鉛の上咽頭塗布が最も有効ではありますが、遠方の患者さんが頻回に通院することは困難なので、私は塩化亜鉛の点鼻を併用しています。
先日(9月11日)に第22回日本口腔・咽頭科学会(会長 山中昇 和歌山県立医大教授)が和歌山で行われ、杉田麟也先生(杉田耳鼻咽喉科院長、千葉)とともにランチョンセミナーで耳鼻咽喉科の先生方を対象に鼻咽腔炎のお話をさせていただきました。内科医の私が耳鼻科領域のお話をすることは分不相応なことでしたが、それには耳鼻科医の先生方に鼻咽腔炎という概念があまり注目されていないということが関係しています。耳鼻科医の杉田先生のご検討では、のどが痛いと訴える患者さんの90%に上咽頭炎(鼻咽腔炎)が存在するとのことでした。
上咽頭の表層は鼻孔から入ったウイルスや細菌が最初に付着する場所で、活性化したリンパ球が多数集まり、免疫応答をひき起こします(拙書:「IgA腎症の病態と扁摘パルス療法」に詳載)。そこでの炎症が慢性的に持続すれば病巣扁桃と同じような生体反応を引き起こすこととなります。
このように上咽頭炎は実は重要な病態ですが、塩化亜鉛を塗布しない状態で上咽頭を観察しても、肉眼的にわかるようなはっきりした変化がなく、また、慢性的な上咽頭炎ではその部位の自覚症状もほとんどないことが多いので耳鼻科の日常診療ではあまり注目されていません。
今から30-40年くらい前に我が国で、堀口申作 東京医科歯科大学教授(当時)を中心に鼻咽腔炎の研究が盛んであった時代がありました。しかし、鼻咽腔の塩化亜鉛塗布が痛みを伴う治療であること、そして同治療が頭痛、自律神経機能異常のほか糖尿病や膠原病、関節リウマチといったあらゆる難病に効くと報告されたため、かえって医師に懐疑心を持たせ、疾患概念そのものが広まらず現在に至っているようです。しかし、一方で鼻咽腔炎が扁桃炎と同様に病巣感染として生体に作用するため、様々な疾患において鼻咽腔炎の治療が有効な症例が存在したのだろうという解釈も成り立ちます。実際、私もこれまで、血尿が難治のIgA腎症以外にも、頻回再発型のネフローゼ症候群、掌蹠膿疱症、片頭痛、肩こり、関節炎、喘息などの様々な疾患の患者さんを治療し、鼻咽腔炎治療が有効である例が確かに存在することを経験しています。また、塩化亜鉛点鼻をするようになって風邪をひきにくくなったと自覚する患者さんは少なくありません。
鼻咽腔炎が重要な概念であると私は実感していますが、将来、教科書に載る普遍的な概念となり、さらに鼻咽腔炎治療が全国的に普及するためには越えなければならないハードルがいくつかあります。一つ目は鼻咽腔炎の全身に及ぼす影響を医学的・科学的に証明することです。二つ目には塩化亜鉛の鼻咽腔塗布は40年以上前に開発されたアナログ的治療で、苦痛を伴わない鼻咽腔炎治療の開発が望まれます。前者は鼻咽腔炎に比べて遥かに知見が蓄積されている病巣扁桃においてさえ、全身との関わりについてはまだ不明な点が多く、鼻咽腔炎の全身に及ぼす影響を分子レベルで証明できる日は残念ながらまだ遠いと思います。
一方、塩化亜鉛の塗布を凌ぐ苦痛のない治療法の開発に関しては、現在、一部の医師や研究者の間で関心が集まりつつあります。近年、歯科領域ではすでに歯周病などに有効な、殺菌性があり、しかも毒性の少ない治療薬液が登場してきていますので、そう遠くない将来、優れた鼻咽腔治療法が開発されるのではないかと予想しています。
慢性免疫病をはじめとする難治性疾患の少なくとも一部の症例においては鼻咽腔炎治療がその突破口になる可能性を秘めていると私は感じています。近い将来「鼻咽腔炎の時代」が到来するかも知れません。
堀田 修クリニック 院長 元仙台社会保険病院腎センター長(〜2008年12月31日) |
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