IgA腎症の経過には二つの重要なポイントがあります。一つ目はそのポイントを過ぎると、もはや扁摘パルスを含む如何なる治療によっても寛解が目指せなくなるpoint of no remission、二つ目はそこを過ぎると薬物治療や食事療法を含む集学的な治療をおこなっても、もはや腎症の進行を遅らせることも期待できないpoint of no slowingです。二つ目のポイントを過ぎたら、透析導入を遅らせるということに執着せず、透析導入へのソフトランディングを念頭においた精神的なケアーを含めた療養指導が必要です(図1)。
扁摘パルスは「くすぶり型糸球体毛細血管炎」を消滅させる治療なので、扁摘パルスにより期待できる効果は治療介入時におけるIgA腎症の病態で決まります。すなわち、早期の段階では糸球体毛細血管炎自体が腎症の病像を規定する主たる因子なので扁摘パルスの効果は劇的で、寛解・治癒が高い確率で得られます(図2,3)
一方、腎症が進行するに従い、前述した糸球体毛細血管炎以外の進行因子が複合的に関与するようになり、扁摘パルスをおこなって糸球体毛細血管炎が消失してもそれ以外の進行因子は存在し続けます。IgA腎症が有する病態において治療介入により確実に取り除くことができるのは糸球体毛細血管炎のみで、残念ながらそれ以外の因子は腎保護作用を有するアンギオテンシン受容体拮抗薬(ARB)などの降圧剤を含め、いかなる工夫を凝らしても完全に取り除くことはできません。それゆえ、糸球体毛細血管炎が消えた時点で蛋白尿が残る症例では寛解・治癒の期待が低くなります。したがって、寛解・治癒を確実に目指すのであれば扁摘パルスの介入時期は早ければ早いほどよい、 “the earlier, the better”ということになります。
寛解になる症例のうち、約3/4が治療介入後1年以内に寛解に至り、さらにそのうちの約半数は治療開始半年の時点で寛解が得られています。また、早期の症例ほど治療介入から寛解になるまでの期間が短いので、早期の治療開始は治療期間の短縮化にもつながり患者の恩恵が大きいといえます。また、早期の段階では扁摘のみで40%程度の確率で寛解が期待できるため、パルスは行わず扁摘のみでしばらく経過を見るという選択肢も成立しますが、扁摘後、二年経過してもなお尿異常が残存する場合は、寛解・治癒を目指すのであればパルスを追加すべきであると思います。
早期の段階のIgA腎症では自然寛解する場合が20%程度の確率で存在すると想定されています。自然寛解する症例に扁摘パルスをおこなうことは過剰治療であり、早期の段階のIgA腎症患者に対し、扁摘パルスのような積極的治療介入を行うことに際しては医師の心中にはジレンマが生じます。しかし、実際の臨床においては、IgA腎症と診断した段階で自然寛解の見込みが無い症例を判別することは容易ですが、今後、自然寛解する症例を判別することは不可能です。したがって、「早期のIgA腎症の段階においては過剰治療を避けるべき」という理屈は理論的には正しいかもしれませんが、自然寛解を予測することの出来ない現状では机上の空論です。
これまで当院で扁摘パルスを実施した1500例の中には早期の段階のIgA腎症も多数含まれており、寛解・治癒が得られた患者の中には治療しなくても自然寛解になった症例も必然的に含まれていたと思われます。しかし、寛解になった患者さんは皆、寛解が得られたという結果に満足し、「不必要な治療を受けたかも知れない」という後悔の念を持った患者は少なくとも現在まで一人もいません。
しかし、その一方で、治療介入が遅すぎたために糸球体毛細血管炎が原因の血尿が消えても蛋白尿が残り、IgA腎症と余儀なく生涯にわたり付き合うことになった患者さんが「もっと早く治療を受けるべきだった」と後悔の念を抱くことが少なくありません。この点は特に早期のIgA腎症患者の診療に当たる際には念頭に置いて頂きたいと思います。
残念ながら治療開始時点ですでに寛解・治癒が期待できない段階にまで進行している場合は次善の治療目標として「腎症進行の遅延」を目指す。では、腎症のどの段階までなら扁摘パルスによる腎症の進行の遅延が期待できるのでしょうか?
扁摘パルスは糸球体毛細血管炎を消失させる治療なので、理論上はその病態が残っているうちは有効ということになりますが、進行因子として糸球体毛細血管炎以外の要素が大きくなればなるほど、換言すると、進行すればするほど扁摘パルスの効果が薄れます。
患者集団で評価した私たちの検討ではクレアチニン値 2mg/dl程度の腎機能低下例までは扁摘パルスの腎機能の保持効果が期待できることが示唆されていますが(図4)、実際には症例ごとの病態でその効果は異なり、腎機能のみで扁摘パルスの適応を決めることは出来ません。すなわち、短期間に腎機能が低下した症例ではクレアチニン値 2mg/dl 以上の腎機能低下があっても、扁摘パルスにより劇的な腎機能保持効果が得られることが少なくありません。その反対に腎機能がゆっくり低下して糸球体毛細血管炎の活動性の指標である血尿がない場合では、クレアチニン値 1.3 mg /dl程度の比較的軽度の段階の腎不全であっても扁摘パルスによる腎機能保持効果はほとんど期待できません。
2007年に全国のさまざまなバリエーションの扁摘パルスを施行している医療施設に対して私が行ったアンケート調査1401例(仙台社会保険病院を除く)では、扁摘パルスによる重篤な副作用発現頻度は大腿骨頭壊死(0.24%)、肺炎などの重症感染症(0.12%)でした。大腿骨頭壊死症例はいずれも年令が40歳以上(40歳代1例、50歳代3例)でパルス後のPSLが隔日投与ではなく連日投与した症例でした。
比較的頻度が高いうえに予防が可能で、しかも発見の遅れが本格的な糖尿病を引き起こしてしまうことから、最も注意すべき副作用はステロイドによる二次性糖尿病の誘発です。パルス中、食後の高血糖は40歳以上では高頻度に生じます。夕食後に血糖が最高値となることが多いが早朝には正常域まで回復していることが少なくないので朝食前の血糖測定のみでは見落としてしまう危険性があります。昼食二時間後に血糖測定を行い200mg/dl以上の場合は毎食前の(超)速効型インスリン3回注を導入します。これにより膵β細胞の保護と糖毒性の解除を図り、本格的な糖尿病の発症を抑制できます。また通常、ステロイドの減量に伴いインスリン治療からは離脱可能である。パルス終了後も食後高血糖がある場合にはステロイド使用中はαグルコシダーゼ阻害薬を併用しますがインスリンを必要とすることは稀です。
特に若い女性が気にするステロイドの副作用であるムーンフェイスはパルスの後療法がPSL連日投与では必発だが、パルス後のPSL隔日投与とカロリー制限(1200-1400カロリー/日)でほとんどわからない程度に予防することは可能です。また、ステロイドアクネが出始めると特に若年男性では比較的短期間で拡大傾向を呈することがあります。アクネの重篤化を防ぐにはアクネが出現したら早期のミノサイクリン100mg 分2の投与開始が有効です。
動悸、ほてり感、不眠はパルスの際の交感神経過剰亢進状態のためにしばしば認められます。若年男性では稀で、女性の方が訴える頻度が多い傾向があります。症状を不快に感じるような場合はエチゾラム(商品名:デパス)などの抗不安薬を投与します。緊張し易い患者には予防的に投与することも考慮します。交感神経過剰亢進を抑えるためにはリラックスできる環境作りが必要であり、患者さんの好みによりアロマセラピーなども効果があります。交感神経亢進による副作用を未然に抑えるうえで最も重要な点は患者さんが安心してパルス治療に臨むことです。その際、患者さんに対する医師の態度は重要です。経験不足から来る、不必要に患者さんの不安を助長するような説明は慎む必要があります。
吃逆(しゃっくり)は稀な副作用であるがパルス中に認められることがあります(自経例では殆どが男性)。一過性であれば特に処置は不要ですが時には長時間持続し、患者さんには苦痛であることもあります。吃逆の対処としては柿のヘタ茶が有効ですが入手できなければ塩酸クロルプロマジン(25mg)2T分2が有効です。
●IgA腎症の経過には“point of no remission”と “point of no slowing”という二つの重要なpointがある。
●寛解・治癒を目指すには“point of no remission”に至る前の有効な治療介入が必要である。